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東京地方裁判所 平成8年(行ウ)24号 判決 1998年9月29日

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

山本隆

遠藤幸子

被告

葛飾税務署長

佐々木輝巳

右指定代理人

内田健文

外二名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告が原告に対し、平成六年四月二七日付けでした相続税の更正処分のうち、課税価格八億三一四七万五〇〇〇円、納付すべき税額二億八九九〇万二九〇〇円を超える部分及び同年八月一一日付けでした過少申告加算税の変更決定処分を取り消す。

第二  事案の概要

本件は、原告の父である甲野次郎(以下「本件被相続人」という。)が平成四年三月二〇日に死亡したことにより開始した相続(以下「本件相続」という。)に係る原告の相続税に関して、原告が本件相続により取得した有限会社A(以下「A」という。)の出資口数三万九八八〇口(以下「本件出資」という。)の価額について、財産評価基本通達(昭和三九年四月二五日付け直資五六・直審(資)一七・国税庁長官通達(平成六年六月二七日付け課評二―八ほかによる改正前のもの)。以下「評価通達」という。)一九四、一八九、一八九―三、一五八に定める純資産価額方式に従い、一口当たりの純資産価額の計算上「評価差額に対する法人税等に相当する金額」(以下「法人税等相当額」という。)を控除してその価額を評価した上、別表1記載のとおり申告及び修正申告をしたところ、被告が、本件出資の評価に当たり、法人税等相当額を控除すべきでないとして、相続財産の価額を計算した上、別表1記載のとおり、右相続税につき更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分をし、さらに、過少申告加算税額を増額させる旨の加算税変更決定処分をしたので、原告が右更正処分は本件出資の価額ひいては相続財産の価額を過大に認定したものであり違法である旨主張し、右更正処分及び右加算税変更決定の取消しを求めているものである。

一  関係法令等の定め

1  相続税法(以下「法」という。)第三章に特別の定めのあるものを除くほか、相続により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価により評価される(法二二条)ところ、有限会社の出資の評価に関し法第三章には特別の定めはない。

2  評価通達における評価方法

(一) 課税実務上、相続財産の評価の一般的な基準として評価通達が定められているところ、評価通達一九四によれば、合名会社、合資会社及び有限会社に対する出資(以下、これら株式とを併せて「株式等」という。)の価額は、取引相場のない株式の評価に関する定め(評価通達一七八ないし一九三)に準じて計算した価額によって評価することとされている。

(二) 取引相場のない株式の評価の原則(評価通達一七八)

(1) 取引相場のない株式とは、上場株式及び気配相場等のある株式以外の株式をいい、その価額は、銘柄ごとに一株単位で評価することとされている(評価通達一六八(3))。

取引相場のない株式は、同族株主以外の株主等が取得した株式(評価通達一八八)又は特定の発行会社の株式(評価通達一八九)に当たる場合を除き、原則として、評価しようとするその株式の発行会社(以下「評価会社」という。)を評価通達一七八に定める表の区分に応じて大会社、中会社及び小会社に区分した上、評価通達一七九に定める次の評価方式によって評価するものとされている。

ア 大会社の株式 類似業種比準価額によって評価する。ただし、納税義務者の選択により、一株当たりの純資産価額(相続税評価額によって計算した金額)によって評価することができる。

イ 中会社の株式 次の算式により計算した金額によって評価する。ただし、納税義務者の選択により、算式中の類似業種比準価額を一株当たりの純資産価額(相続税評価額によって計算した金額)によって計算することができる。

類似業種比準価額×L+一株当たりの純資産価額(相続税評価額によって計算した金額)×(一−L)

右の算式中の「L」は、評価会社の評価通達一七八に定める直前期末における純資産総額(帳簿価額によって計算した金額)又は直前期末以前一年間における取引金額に応じて、それぞれ評価通達一七九(2)に定める割合のうちいずれか大きい割合とする。

ウ 小会社の株式 一株当たりの純資産価額(相続税評価額によって計算した金額)によって評価する。ただし、納税義務者の選択により、Lを0.50として右イの方法により評価することができる。

要するに、評価通達は、原則として、大会社に該当する会社の株式は、類似業種比準方式により、小会社に該当する会社の株式は、純資産価額方式により、中会社に該当する会社の株式は、類似業種比準方式と純資産価額方式の二つの方法を併用して評価するものとしているのである。

(2) 類似業種比準価額は、評価通達一八〇に定める算式(類似業種比準方式)によって計算した金額とする旨定められている。この類似業種比準方式は、評価会社の配当金額、年利益金額及び純資産価額(帳簿価額によって計算した金額)の各要素を評価会社と事業内容が類似する上場会社のそれらの平均値と比較の上、上場会社の株価に比準して評価会社の一株当たりの価額を算定する方法である。

(3) 「一株当たりの純資産価額(相続税評価額によって計算した金額)」は、課税時期における各資産を評価通達に定めるところにより評価した価額(この場合、評価会社が課税時期前三年以内に取得又は新築した土地及び土地の上に存する権利(以下「土地等」という。)並びに家屋及びその附属設備又は構築物(以下「家屋等」という。)の価額は、課税時期における通常の取引価額に相当する金額によって評価するものとし、当該土地等又は当該家屋等に係る帳簿価額が課税時期における通常の取引価額に相当すると認められる場合には、当該帳簿価額に相当する金額によって評価することができるものとする。以下同じ。)の合計額から課税時期における各負債の金額の合計額及び評価通達一八六―二により計算した評価差額に対する法人税額等に相当する金額(法人税等相当額。その計算方法は後記(4)記載のとおり)を控除した金額を課税時期における発行済株式総数で除して計算した金額とする(評価通達一八五本文)。

(4) 「評価差額に対する法人税額等に相当する金額」は、次のアの金額からイの金額を控除した残額がある場合におけるその残額に五一パーセント(清算所得に対する法人税、事業税、道府県民税及び市町村民税の税率の合計に相当する割合)を乗じて計算した金額とする。

ア 課税時期における各資産をこの通達に定めるところにより評価した価額の合計額(以下「課税時期における相続税評価額による総資産価額」という。)から課税時期における各負債の金額の合計額を控除した金額

イ 課税時期における相続税評価額による総資産価額の計算の基とした各資産の帳簿価額の合計額から課税時期における各負債の金額の合計額を控除した金額

(三) 開業後三年未満の会社等の株式の評価

平成二年八月三日付け直評一二・直資二―二〇三をもって評価通達が一部改正された際、特定の評価会社の株式の評価の方法が規定された(評価通達一八九)。

右にいう「特定の評価会社の株式」(評価通達一七八ただし書)とは、評価会社の資産の保有状況、営業の状態等に応じて定めた、①株式保有特定会社の株式、②土地保有特定会社の株式、③開業後三年未満の会社等の株式、④開業前又は休業中の会社の株式、⑤清算中の会社の株式のいずれかに該当する株式をいう(評価通達一八九)。

開業後三年未満の会社等の株式の評価に関する評価通達の定めは、以下のとおりである(乙一)。

(1) 課税時期において、開業後三年未満の会社等の株式の価額は、評価通達一八五本文の定めにより計算した一株当たりの純資産価額(相続税評価額によって計算した金額。その評価方法は後記(3)記載のとおり)によって評価する。この場合における当該各株式の一株当たりの純資産価額については、それぞれ、当該株式の取得者とその同族関係者(評価通達一八八の(1)に定める同族関係者をいう。以下同じ。)の有する当該株式の合計数が開業後三年未満の会社等の発行済株式数の五〇パーセント未満である場合においては、右により計算した一株当たりの純資産価額に一〇〇分の八〇を乗じて計算した金額とする(評価通達一八九―三本文)。

(2) ただし、当該各株式が同族株主以外の株主等が取得した株式に該当する場合には、その株式の価額は、評価通達一八八―二本文の定め(この方式を以下「配当還元方式」という。)により計算した金額(この金額が右(1)により評価するものとして計算した金額を超える場合には、右(1)の方法により計算した金額)によって評価する(評価通達一八九―三ただし書)。

配当還元方式とは、株価構成要素のうち配当金だけに着目して、配当金を収益還元することによりその元本である株式の価額を算定する方法である。

(3) 「同族株主以外の株主等が取得した株式」(評価通達一七八ただし書)とは、次のいずれかに該当する株式をいう(評価通達一八八)。

ア 同族株主のいる会社の株主のうち、同族株主以外の株主の取得した株式

右の場合における「同族株主」とは、課税時期における評価会社の株主のうち、株主の一人及びその同族関係者(法人税法施行令四条に規定する特殊の関係のある個人又は法人をいう。以下同じ。)の有する株式の合計数が、その会社の発行済株式数の三〇パーセント(ただし、その評価会社の株主のうち、株主の一人及びその同族関係者の有する株式の合計数が最も多いグループの有する株式の合計数が、その会社の発行済株式数の五〇パーセント以上である会社にあっては、五〇パーセント。)以上である場合におけるその株主及びその同族関係者をいう(評価通達一八八(1))。

イ 中心的な同族株主のいる会社の株主のうち、中心的な同族株主以外の同族株主で、その者の取得後の株式数がその会社の発行済株式数の五パーセント未満である者(ただし、課税時期において評価会社の役員である者及び課税時期の翌日から法定申告期限までの間に役員となる者を除く。)の取得した株式

右の場合における「中心的な同族株主」とは、課税時期において同族株主の一人並びにその株主の配偶者、直系血族、兄弟姉妹及び一親等の姻族(これらの者の同族関係者である会社のうち、これらの者が有する株式の合計数がその会社の発行済株式数の二五パーセント以上である会社を含む。)の有する株式の合計数がその会社の発行済株式数の二五パーセント以上である場合におけるその株主をいう(評価通達一八八(2))。

ウ 同族株主のいない会社の株主のうち、課税時期において株主の一人及びその同族関係者の有する株式の合計数が、その会社の発行済株式数の一五パーセント未満である場合におけるその株主の取得した株式(評価通達一八八(3))

エ 中心的な株主がおり、かつ、同族株主のいない会社の株主のうち、課税時期において株主の一人及びその同族関係者の有する株式の合計数がその会社の発行済株式数の一五パーセント以上である場合におけるその株主で、その者の取得後の株式数がその会社の発行済株式数の五パーセント未満である者(ただし、課税時期において評価会社の役員である者及び課税時期の翌日から法定申告期限までに役員となる者を除く。)の取得した株式

右の場合における「中心的な株主」とは、課税時期において株主の一人及びその同族関係者の有する株式の合計数がその会社の発行済株式数の一五パーセント以上である株主グループのうち、いずれかのグループに単独でその会社の発行済株式数の一〇パーセント以上の株式を有している株主がいる場合におけるその株主をいう(評価通達一八八(4))。

二  前提となる事実(証拠により認定した事実は、その末尾に証拠を掲げた。その余の事実は、当事者間に争いがない。)

1  本件相続

本件被相続人は、大正五年九月一九日に出生し、アパート経営業等を営んでいた(甲四、乙四及び弁論の全趣旨)。同人は、平成四年三月二〇日に死亡し、本件相続が開始した。

本件被相続人の法定相続人は、本件被相続人の妻甲野花子、同長女春子、同二女夏子、同三女秋子、同四女冬子(以上五名を併せて以下「その他の相続人」という。)及び同長男原告(原告及びその他の相続人を併せて以下「原告ら」という。)であった(弁論の全趣旨)。

2  Aの設立等について

(一) 本件被相続人は、その妻甲野花子及び原告を連帯保証人として、平成三年三月一五日、株式会社第一勧業銀行(以下「第一勧業銀行」という。)に対し、一四億六八〇〇万円の借入れの申込みをした。

(二) 平成三年三月二五日、第一勧業銀行と本件被相続人との間で、貸主を第一勧業銀行、借主を本件被相続人、借入金額を一一億一〇〇〇万円及び三億五八〇〇万円とする各個人ローン契約がそれぞれ締結され、同日、右合計金額一四億六八〇〇万円(以下「本件借入金」という。)が第一勧業銀行から同行お茶の水支店の本件被相続人名義の普通預金口座(口座番号一〇一〇四四八)に振り込まれた。

(三) 本件被相続人は、本件借入金のうちから一〇億円を出資して、平成三年三月二五日、資本金四〇〇〇万円の有限会社B(以下「B」という。)を設立し、その代表取締役に就任した。

なお、Bの出資口数は四万口とされ(その出資一口の金額は一〇〇〇円)、出資一口当たり二万五〇〇〇円の引受価額で、本件被相続人名義で三万九八八〇口、原告ら各人名義でそれぞれ二〇口が引き受けられ、右引受金額の合計額一〇億円のうち四〇〇〇万円が資本金、その余の九億六〇〇〇万円が資本準備金とされた。

(四) Bの平成三年三月二五日現在の開始貸借対照表には、借方現金一〇億円、貸方資本金四〇〇〇万円及び資本準備金九億六〇〇〇万円と記載されているところ、右現金相当額が同月二六日に第一勧業銀行お茶の水支店の本件被相続人名義の右普通預金口座から同行同支店のBの普通預金口座(口座番号<省略>)に振り込まれた。

(五) 本件被相続人は、Bの設立に続き、その三日後の平成三年三月二八日に、Bの自己名義の出資口数三万九八八〇口及びその他の相続人五名名義の出資口数一〇〇口の合計三万九九八〇口を現物出資することにより資本金三九九八万円のAを設立し、その代表取締役に就任した。

Aにおいては、その出資口数は三万九九八〇口とされ(その出資一口の金額は一〇〇〇円)、本件被相続人ら各人名義のBの出資口数の現物出資に対して、Bの出資口数一口に対してAの出資口数一口(すなわち、本件被相続人名義分が三万九八八〇口、その他の相続人各人名義分がそれぞれ二〇口)が与えられた。

(六) Aの平成三年三月二八日現在の開始貸借対照表には、借方出資金三九九八万円、貸方資本金三九九八万円と記載されている。

3  課税処分の経緯(別表1参照)

(一) 原告は、平成四年一二月二八日、本件相続に係る相続税について、課税価格を一億一九九八万五〇〇〇円、納付すべき税額を四〇六〇万四九〇〇円として被告に対し申告をし、平成五年三月一一日、課税価格を八億三一四七万五〇〇〇円、納付すべき税額を二億八九九〇万二九〇〇円とする旨の修正申告をした。

(二) 被告は、平成六年四月二七日付けで、原告に対し、課税価格を一二億三八二三万、納付すべき税額を四億八九五二万八三〇〇円とする旨の更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税を一九九六万二〇〇〇円とする賦課決定処分を行った。

(三) 原告は、本件更正処分及び右賦課決定処分を不服として、平成六年六月二四日、被告に対し、異議申立てを行った。

(四) 被告は、平成六年八月一一日付けで、過少申告加算税の額を二七九一万三〇〇〇円に増額する旨の変更決定処分(以下、「本件変更決定処分」といい、本件更正処分と併せて「本件更正処分等」という。)を行うとともに、同年九月二二日付けで右異議申立てを棄却する旨の決定を行った。右異議決定書は、同月二七日ころ、原告に送達された。

(五) 原告は、右異議決定を経た後の本件更正処分等になお不服があるとして、平成六年一〇月二四日、国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、同所長は、平成七年一一月八日付けで、右審査請求を棄却する旨の裁決をした。右裁決書は、同月一〇日ころ、原告に送達された。

(六) そこで、原告は、平成八年二月八日、本件訴えを提起した。

三  本件更正処分等の内容(本件訴訟における被告の主張はこれと同一である。争いのない点はその旨を付記した。)

1  課税価格の合計額(別表2の順号15の合計額欄の金額)

一五億六七五六万六〇〇〇円

右金額は、次の(一)記載の相続により取得した財産の総額から後記(二)記載の控除すべき債務等の総額を控除した金額に後記(三)の金額を加算した後の金額(ただし、国税通則法(以下「通則法」という。)一一八条一項の規定により、原告らにつき、各人ごとに課税価格の一〇〇〇円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。

(一) 相続により取得した財産の総額(別表2の順号7の合計額欄の金額)

三〇億二四三六万五六七九円

右金額は、原告らが本件相続により取得した財産の総額であり、その内訳は以下のとおりである。

(1) 土地の価額(別表2の順号1の合計額欄の金額。争いがない。)

一七億六四二八万九一五二円

(2) 家屋の価額(別表2の順号2の合計額欄の金額。争いがない。)

一二六二万一〇二〇円

(3) 有価証券の価額(別表2の順号3の合計額欄の金額)

九億四七九六万八五六〇円

右金額は、Bの出資二〇口の価額四八万二五四〇円とAの出資三万九九八〇口(本件出資)の価額九億四七四八万六〇二〇円の合計額である(別表6)。

(4) 現金・預貯金等の価額(別表2の順号4の合計額欄の金額。争いがない。)

一九四六万一九五六円

(5) 家庭用財産の価額(別表2の順号5の合計額欄の金額。争いがない。)

五〇万円

(6) その他の財産の価額(別表2の順号6の合計額欄の金額。争いがない。)

二億七九五二万四九九一円

(二) 控除すべき債務等の総額(別表2の順号12の合計額欄の金額。争いがない。)

一四億八六七二万八四七七円

右金額は、法一三条の規定に基づき、原告らが本件相続により取得した財産の総額から控除すべき債務の総額である。

(三) 純資産価額に加算される贈与財産価額(別表2の順号14の合計額欄の金額。争いがない。)

二九九三万一七五一円

右金額は、原告らが本件被相続人に係る相続の開始前三年以内に本件被相続人から贈与により取得した財産について、法一九条(平成六年法律第二三号による改正前のもの。以下同じ。)の規定により、原告らの相続税の課税価格に加算されるべきこととなる贈与財産の金額である。

2  原告の納付すべき相続税額

四億八九五二万八三〇〇円

右金額は、法一五条ないし一七条、一九条及び一九条の二の各規定(ただし、法一五条、一六条、一九条の二については、平成六年法律第二三号による改正前のもの。以下同じ。)に基づき、次のとおり算定したものである。

(一) 原告らの課税価格の合計額(別表3の順号1の合計額欄の金額)

一五億六七五六万六〇〇〇円

右金額は、前記1記載の金額である。

(二) 遺産に係る基礎控除額(別表3の順号2の合計額欄の金額。争いがない。)

一億〇五〇〇万円

右金額は、相続税の課税価格の合計額から控除すべき基礎控除額であり、法一五条の規定に基づき、四八〇〇万円と、九五〇万円に本件被相続人の法定相続人(原告ら)の数である六を乗じて算出した五七〇〇万円との合計額である。

(三) 課税遺産総額(別表3の順号3の合計額欄の金額)

一四億六二五六万六〇〇〇円

右金額は、右(一)の金額から右(二)の金額を控除した金額である。

(四) 法定相続分に応じた取得金額(別表3の順号5の金額)

(1) 原告分(法定相続分一〇分の一)

一億四六二五万六〇〇〇円

(2) その他の相続人分(法定相続分一〇分の九)

一三億一六三〇万七〇〇〇円

右金額は、法一六条の規定により、原告らが前記(三)の金額を民法九〇〇条及び九〇一条の規定による相続分(法定相続分)に応じて取得したものとした場合の取得金額であり、右(三)の金額に原告らの法定相続分をそれぞれ乗じて算出したもの(ただし、原告ら各人ごとに一〇〇〇円未満の端数を切り捨てた後のもの)である(原告の法定相続分が一〇分の一であること及びその他の相続人の法定相続分が合計で一〇分の九であることは争いがない。)。

(五) 相続税の総額(別表3の順号6の合計額欄の金額)

六億二一五四万五九〇〇円

右金額は、法一六条の規定に基づき、右(四)の(1)及び(2)の各金額に法一六条の表に定める税率を適用してそれぞれ算出した金額の合計額(ただし、原告ら各人ごとに通則法一一九条一項の規定により一〇〇円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。

(六) 原告の相続税額(別表3の順号8の原告欄の金額)

四億九〇九六万二九一九円

右金額は、法一七条の規定に基づき、右(五)の相続税の総額に、原告に係る課税価格が原告らに係る各課税価格の合計額のうちに占める割合(別表3の順号7の原告欄の割合)を乗じて計算した金額である。

(七) 贈与税額控除額(別表3の順号9の原告欄の金額。争いがない。)

一四三万四六一九円

(八) 原告の納付すべき相続税額(別表3の順号11の原告欄の金額)

四億八九五二万八三〇〇円

右金額は、前記(六)の金額から右(七)の金額を控除した金額(ただし、通則法一一九条一項の規定により一〇〇円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。

3  本件変更決定処分の根拠

原告は、本件相続に係る相続税の申告の際、課税価格及び納付すべき税額を過少に申告していたものであり、過少に申告したことについて通則法六五条四項に規定する正当な理由は存しない。

原告が納付すべき過少申告加算税額は、同法六五条一項、二項により、本件更正処分により原告が新たに納付すべきこととなった税額(ただし、通則法一一八条三項の規定により一万円未満の端数を切り捨てた後のもの)である一億九九六二万円に一〇〇分の一〇の割合を乗じて算出した金額一九九六万二〇〇〇円及び同条二項の規定により、原告が本件更正処分により新たに納付すべきこととなった税額のうち原告の期限内申告税額四〇六〇万四九〇〇円を超える部分に相当する金額(ただし、通則法一一八条三項の規定により一万円未満の端数を切り捨てた後のもの)である一億五九〇二万円に一〇〇分の五の割合を乗じて算出した金額七九五万一〇〇〇円とを合計した二七九一万三〇〇〇円である。

四  争点及び争点に関する当事者の主張

本件の争点は、本件出資の本件相続開始当時における時価はいくらであるか、具体的には、右時価を評価するに当たり、評価通達一八五及び一八六―二(以下併せて「本件通達」という。)を文字どおり適用して、一口当たりの純資産価額の計算上、法人税等相当額を控除すべきか否かであり、この点に関する当事者の主張は次のとおりである。

(被告の主張)

1(1) 法二二条は、相続により取得した財産の価額は、特別の定めのあるものを除き、「当該財産の取得の時における時価」によるものと規定しているところ、右にいう「時価」とは、相続開始時における当該財産の客観的交換価値をいうものと解されている。

しかし、客観的交換価値が必ずしも一義的に確定されるものではないことから、課税実務上は、相続財産評価の一般的基準が評価通達によって定められ、そこに定められた画一的な評価方式によって相続財産を評価することとされている。これは、相続財産の客観的な交換価値を個別に評価する方法をとると、その評価方式、基礎資料の選択の仕方等により異なった評価額が生じることを避け難く、また、課税庁の事務負担が重くなり、回帰的かつ大量に発生する課税事務の迅速な処理が困難となるおそれがあることなどからして、あらかじめ定められた評価方式によりこれを画一的に評価する方が、納税者間の公平、納税者の便宜、徴税費用の節減という見地からみて合理的であるという理由に基づくものである。そして、評価通達の定める株式の評価方法は合理的なものであるから、右評価方法によらないことが正当として是認され得るような特別の事情がある場合を除き、取引相場のない株式も右評価方法により評価するのが相当である。

(二) しかしながら、評価通達に定められた評価方式によるべきものとされている趣旨が前記(一)のに述べたようなものであることからすれば、評価通達に定められた評価方式を画一的に適用すると、かえって、実質的な租税負担の公平を害することが明らかな場合には、別の評価方式によることが許されると解されるのであり、評価通達六においても、この理を認めているのである。

2 本件通達が、純資産価額方式により株式を評価する場合に、法人税等相当額として評価差額の五一パーセント相当額を控除することとしている趣旨について

個人が株式の所有を通じて会社の資産を間接的に所有している場合と個人事業主として直接に事業用資産を所有する場合とでは、その所有形態が異なることからその処分性等におのずと差があるため、相続税課税のためには両者の事業用財産の所有形態を経済的に同一の条件の下に置き換えた上で評価の均衡を図る必要がある。例えば、評価会社が、被相続人の個人的な資質や能力に依存していたいわゆるワン・マン会社であって、相続の開始によって事業の継続が不可能になる場合や相続人が会社の資産を自己のために自由に利用あるいは処分したい場合には、会社を解散、清算することにより被相続人が所有していた株式数に見合う財産を手にするほかないところ、その場合に、法人に清算所得(いわゆる含み益)があるときには、その清算所得に対して法人税等が課されるため、個人事業者が直接に事業用資産を所有している場合に比して、その法人税等相当額分だけ実質的な取り分が減少することになるから、この点をしん酌する必要がある。本件通達が、純資産価額方式により株式を評価するに当たって、会社の資産の相続税評価額と負債の額との差額から法人税等相当額を控除することとしているのは、右のような趣旨によるものであり、合理性を有するというべきである。

もっとも、本件通達の右のような配慮は、右のような趣旨に由来するものであり、純資産価額方式による株式の評価の際に理論上当然に考慮されるべきものではない。

3 B及びAの設立の経緯について

(一) 乙川税理士案について

本件被相続人の顧問税理士であった乙川一郎税理士(以下「乙川税理士」という。)は、取引相場のない株式等を評価通達が定める純資産価額方式により評価する場合に、当該評価会社が保有する総資産の相続税評価額から帳簿価額を控除し、そこに評価差額がある場合には、同社の株式評価上、右差額の五一パーセントを法人税等相当額として同社の資産の相続税評価額と負債の額との差額から控除できる(したがって、相続に際しては、右法人税等相当額分だけ相続税の課税対象額が減少することとなる。)という点に着目し、右評価差額を意図的に創出したならば、計画的に相続税の課税対象額を減少させることができるとして、次のような計画(以下「乙川税理士案」という。)を考案した。

(1) 平成三年三月二五日、①本件被相続人は、借入金一〇億円によりBを設立する、②その際の出資者、出資額及び出資口数は、それぞれ本件被相続人が九億九七〇〇万円、九九七〇口、原告が一〇〇万円、一〇口、原告の妻甲野陽子(以下「陽子」という。)が二〇〇万円、二〇口とする、③Bの資本金は四〇〇〇万円とし、九億六〇〇〇万円は資本準備金とする、④右借入金は、投資顧問会社において運用し、その返済は、後記(3)のAの出資口数を原告に売却する代金で一部返済する。

(2) 平成三年三月二九日、①本件被相続人及び陽子は右Bの出資口数を現物出資することにより、Aを設立する、②その際、本件被相続人及び陽子に対しては、Bの出資口数一口当たりAの出資口数一口を与えることとし、Aの資本金は三九九六万円とする。

(3) 平成三年一一月、①Aの決算(平成三年一〇月末)後、本件被相続人は右Aの出資口数を原告に対し本件通達が定める純資産価額方式により算定される価額により売却する、②原告は、借入金五億円により、本件被相続人の右Aの出資口数九九七〇口を購入する、③本件被相続人は、右売却代金により右借入金の一部を返済する、④原告は、右借入金を後記(5)の減資払戻額八億九八二〇万円により一括返済し、残額三億九八二〇万円は定期預金とする。

(4) 平成三年一二月、AはBを吸収合併し(その結果、Aが合併直前に有していたBの出資口数は、自社に対する出資となるので消却し、それに見合う資本金を減資する。)、資本金は四〇〇〇万円とする。

(5) 平成四年一月、①Aの資本金を一〇分の一に減資し四〇〇万円とする、②減資による払戻額は、原告に対して八億九八二〇万円、陽子に対して一八〇万円の合計九億円である、③Aは、右減資のための資金として九億円を借り入れる。

(二) 乙川税理士は、右計画を本件被相続人及び第一勧業銀行に持ちかけ、両者がこれを了承したことから、乙川税理士案が実行されることとなった。

(三) 本件被相続人は、乙川税理士案に従い前記(一)の(1)、(2)までを前記二2(一)ないし(六)のとおり実行していたところ、平成三年九月に体の不調を覚えたことから順天堂大学病院に入院し、以後加療を続けていたが、平成四年三月二〇日に悪性リンパ腫に起因する心不全のため死亡した。そのため、乙川税理士案の実行は一時中断したが、原告らがこれを引き継ぎ、次のとおり実行された。

(1) 前記(一)の(3)の計画は、本件被相続人が亡くなったことから実現不可能となったが、原告が本件出資を相続により取得したため、結果的に計画目的は達成された。

(2) 平成四年一〇月一日、AとBは同年一二月二六日に合併する旨の契約を締結し、合併契約書を作成しているところ、右合併契約書第二条には、Aは、合併により出資口数四万口を増加し、合併期日現在のBの社員に対し、その所有する出資一口の金額一〇〇〇円の出資持分一口に対してAの出資一口の金額一〇〇〇円の出資持分一口を割当て交付するものとすると記載されており、また、Aの総勘定元帳によると、平成四年一二月二八日にBを吸収合併したことを示す経理処理がなされ、同日に、Aが合併直前に有していたBの出資口数に見合う出資金三九九八万円と資本金三九九八万円とを相殺する経理処理もなされていることから、前記(一)の(4)の計画が実行されたものと認められる。

(3) Aの総勘定元帳によると、平成五年二月二二日に短期貸付金九億円と資本金三六〇〇万円及び資本準備金八億六四〇〇万円とを相殺する経理処理がなされていることから、前記(一)の(5)の計画が実行されたものと認められる。

4 本件出資を純資産価額方式により評価するに当たり、法人税等相当額を控除しない理由について

(一) 前記一、2(一)のとおり、取引相場のない有限会社に対する出資の価額は、取引相場のない株式の評価に準じて計算した価額によって評価するものとされているところ(評価通達一九五)、Aは、本件相続開始当時において、開業後三年未満の会社であるから、その出資の評価に当たっては、純資産価額方式によるべきこととなる(評価通達一八九(3)、一八九―三)。

(二) しかして、本件一連の行為は、以下のとおり、経済的合理性及び必要性が全くないにもかかわらず、会社を二社設立し、ことさらに資産の評価差額を作出して、評価通達が評価差額の五一パーセントを控除するものとしていることを利用し、専ら相続税を軽減するために行われたものと認められるところ、本件通達が、純資産価額方式により非上場株式を評価する場合に法人税等相当額として評価差額の五一パーセント相当額を控除することとしている趣旨(前記2参照)に照らすと、Aの出資価額の評価に当たって、右法人税等相当額を控除するのは、右の趣旨に反し、かえって租税負担の実質的公平を害するものであって、相当でないというべきである。

(1)ア 乙川税理士案においては、B及びAは、それぞれの定款に定められている事業を継続的に行うことを目的として設立されたものではなく、本件被相続人から原告に資産を引き継ぐまでの間存続が予定されているものであり、単に相続税対策又は贈与税対策のために設立されたものと認められる。

また、B及びAは、いずれもその事業目的を有価証券の保有、運用、投資等としており、代表取締役その他の点でも出資形態を除いて全く同一である。有価証券の投資、運用等を目的として設立したBの出資持分を保有するためにAを設立することは、Bの本来の事業目的に照らして何ら経済的効果をもたらすものとは認められない。しかも、B及びAは、同一の投資顧問会社との間で一任取引契約を締結し、いずれも、資産の運用を投資顧問会社に委託しており、実際の活動においても、二社を設立する経済的効果は認められない。これを別の角度からみれば、現物出資は、会社が特定の財産を必要とする場合や、出資者の便宜を考慮して、財産の出資に対してその価格に相当する株式を与えることを認めたものであり、現物出資による法人設立の場合、当該法人は、現物出資を受けた、例えば不動産であるとか無体財産権といった財産を基本財産とし、これら基本財産を企業活動の基盤にして独立した経済主体として経済活動を行うのが通常の形態であると考えられる。しかるに、本件においては、そのままでは企業活動の基本財産となり難く、かつ、Aの事業目的上必要としない取引相場のない株式であるBの出資を現物出資により受け入れているのであって、Bの出資を現物出資してAを設立する経済的必要性はないということもできる。

イ B及びAの二つの会社を設立した理由について、乙川税理士は、本件被相続人の融資担当者だった第一勧業銀行の横山保彦(以下「横山」という。)に対して節税目的のみしか説明していない。また、原告は、二社を設立したのは投資規模を変えることでリスクを分散するためであるとか、会社の決裁にその他の相続人の印をもらうのが大変であるためであるなどとも主張するが、右のとおり、実際には投資顧問会社に取引を一任しているのであるから、右主張のような理由で二社を設立する必要があったとは到底認められない。したがって、Bの出資持分を現物出資してAを設立することの経済的合理性及び必要性は、課税上の取扱いを除けば、全くなかったことは明らかというべきである。

ウ 一方、B及びAを設立することにより、当時の評価通達に従うなら、債務として相続財産から控除される消極財産である多額の借入金を創り出し、これにより第一会社(B)を設立し、さらに第一会社の出資を著しく低い価額で現物出資して第二会社(A)を設立することにより、人為的に含み益を創出し、第二会社の出資の評価について法人税等相当額として評価差額の五一パーセント相当額が控除されれば、これによって右消極財産に対応する積極財産たる第二会社の出資の評価額を大幅に圧縮した上で右各相続財産を相続人に移転し、もって相続税の負担を大幅に軽減することができることとなる。

そして、第一会社の出資を著しく低い価額で現物出資した理由は節税目的以外にないと乙川税理士は自認しており、この点について節税目的以外の合理的理由が見出し得ないこと、乙川税理士案において、第二会社を第一会社の合併を経て減資を行うことにより、当初被相続人が借入金により投下した出資持分は相続人が回収した上債務の返済に充てることにより、相続税の負担の軽減が図られるものとされていること、実際にも本件被相続人の相続財産は右の経過を経て原告に移転したこと、本件被相続人は、第一勧業銀行に相続対策として融資を申し込み、原告らも乙川税理士案に従うことを了解していたと認められること、さらに前記ア及びイのとおり、B及びA二社を設立することの経済的合理性及び必要性が全くなかったことに照らすと、本件被相続人がB及びAを設立した目的は、相続税の大幅な軽減にあったことは明らかである。

(2) 次に、乙川税理士案においては、本件一連の行為を通じてAが解散し、法人税を納付することは予定されていないのであって、乙川税理士案において最終的に残存することとなる減資後の会社の貸借対照表によっても清算所得(評価差額)が生ずる余地はなく、また、現実に乙川税理士案に従ってAがBを吸収合併した事業年度(平成四年九月一日から平成五年八月三一日まで)に係る貸借対照表によっても清算所得(評価差額)が生ずる余地がなかったのであるから、この点で、Aの出資の評価に当たり、その純資産価額から法人税等相当額を控除する経済的合理性、必要性は認められない。

しかも仮に、本件相続に係る相続税の課税価格の計算上、Aの出資の価額を評価通達の規定をそのまま適用して計算される四億七六三六万一七〇〇円(一口当たり一万一九一五円)として相続財産に計上する一方、その取得資金である本件借入金のうちの一〇億円をそのまま債務として計上すると、当該債務のうちAの出資の価額から控除しきれない約五億円の債務が他の相続財産の価額から控除されることとなるので、その結果として、本件被相続人が本件借入金のうちの一〇億円によりB及びAを設立しなかった場合に比べて課税価格が約五億円圧縮され、相続税の負担総額も約二億円軽減されることとなる。このように、本件一連の行為を通じて本件被相続人が直接または間接に有していた財産の価値はその前後においてほとんど変動がないにもかかわらず、本件一連の行為がされた場合とされない場合とで右のように極端な違いが生じることは、実質的な租税負担の公平を著しく害するものというべきである。

また、例えば、本件相続開始当時、本件被相続人からAの出資すべてを譲り受ける者としては、Bを吸収合併しないでAを解散すればBの出資の評価差額について課税されることとなるものの、BをAに吸収合併すれば、このような課税を回避できるのであるから、Aの出資の交換価値を評価するに当たり、このような課税がされないことを前提として評価すべきことは明らかであって、Aの出資の価額を評価するに当たり、Aの資産の相続税評価額と負債の額との差額から法人税等相当額を控除しないのが合理的であることは明らかである。

(3) 評価通達が、純資産価額方式により株式を評価する場合に、法人税等相当額として評価差額の五一パーセント相当額を控除する趣旨は、前記2で述べたとおりであるところ、本件一連の行為は、経済的合理性及び必要性が全くないにもかかわらず、本件通達を適用し会社資産の評価差額の五一パーセントを控除することを利用し相続税を軽減することのみを目的としてB及びAを設立し、意図的に会社資産の評価差額を創出し、相続税の軽減を図ったものであり、このような場合についても、評価通達を形式的、画一的に適用して財産の時価を評価すべきものとするならば、このような計画的な行為を行うことのない納税者との間での租税負担の公平を著しく害し、また、富の再分配機能を通じて経済的平等を実現するという法の立法趣旨に反する著しく不相当な結果をもたらすというべきである。

(三) 以上のとおり、本件においては、前記1(二)に述べた、評価通達によらないことが相当と認められるような特別な事情があるというべきであるから、本件出資の価額を評価するに当たっては、法二二条に規定する時価の概念に沿った評価通達に定める純資産価額方式を基本とし、恣意的に創出された評価差額に対する法人税等相当額を控除しないという点についてのみ計算方法を変更し、これによって得られた価額によってこれを評価するのが合理的というべきである。

5 原告は、評価通達はその取扱いが反復継続的に行われ、それが法であるとの確信が納税者の間に一般的に定着し、慣習法としての行政先例法として既に成立しているから、Aの出資の価額の評価に当たり法人税等相当額の控除を認めないことは租税法律主義に反する旨主張する。

しかしながら、通達とは、上級行政機関がその内部的権限に基づき、下級行政機関及び職員に対して発する行政組織内部における命令の成文の形式のものをいうにすぎず、行政機関が通達によって法令の解釈等を公定しうる権限のないことは明らかであるから、通達それ自体を国民の権利義務を直接に定める一般的抽象的規範、すなわち、法規であるということはできないと解されているところであり、単に通達があるというだけでは国民はこれに拘束されないし、裁判所は、通達に示された法令の解釈に拘束されず、通達に定める取扱準則等が法令の趣旨に反していれば、独自にその違法を判断できるものというべきであって、通達による実務的な取扱いの影響が大きいことをもって、通達それ自体に法規としての効力を認めることはできないものといわなければならない。また、仮に、原告の主張するように、評価通達に従った取扱いが反復継続的に行われ、納税者間にそれが法であるとの確信が一般的に定着していたとしても、そのことによって、租税法の大原則である租税負担の公平を著しく損なう本件のような場合にまで評価通達が法規としての効力を有するものといえないことは明らかである。

6 原告は、Aの出資の価額の評価において評価通達六を適用するには国税庁長官の指示が必要であるところ、被告が右指示があったことを明らかにしないことは憲法三一条に規定する適正手続の保障に違反するから、本件更正処分等は違法である旨主張する。

しかしながら、評価通達が法規としての効力を有しないことは前述したとおりであり、評価通達六にいう国税庁長官の指示も、国税庁内部における処理の準則を定めるものにすぎないというべきであり、右指示の有無が、更正処分の効力要件となっているものでないことは明らかであるから、それ自体が課税処分の効力に影響を及ぼすものではないというべきである。

(原告の主張)

1 法二二条は、相続により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価によるものとされているところ、右にいう時価とは、課税時期において、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額をいうものである。

もっとも、財産の客観的交換価値を一義的に確定することは難しいため、実務上は、評価通達に定める評価方式で画一的に計算した額を時価とすることとしている。評価通達は、あらかじめ定められた評価方式により画一的に評価する方が、納税者間の公平、納税者の便宜、徴税費用の節減という見地からみて合理的であるとの趣旨で設けられた時価を求めるための一般的基準である。

本件出資は、評価通達の分類に従えば、取引相場のない株式等に当たり、また、Aは開業後三年未満の会社に当たるから、本件出資は、評価通達の定める純準産価額方式により評価すべき出資に該当する。したがって、本件出資の評価に当たっては、会社の設立目的、過去の営業実績、将来の営業見通し、設立後の年数、将来の組織変更の計画、解散の予定等の事情を問うことなく、評価通達をそのまま適用すべきである。

被告は、本件に関して、会社設立の経緯等を問題としているが、本件通達は、法人税等相当額を控除するについて、会社設立の経緯その他被告が主張するような要件を一切付していない。被告の主張は、明定されていない要件を恣意によって付すものであって、違法である。

本件通達による法人税等相当額の控除の制度は、これが評価の均衡を図るものであるとして、昭和四七年六月二〇日直資三―一六による評価通達の改正で創設されて以来、今日まで長期間にわたり継続的、一般的に適用され、それに対する国民の一般的信頼が形成されているものであり、本件通達の定める純資産価額方式(解散価値純資産価額方式)なる評価方法は、いわゆる行政先例法あるいは納税者間に定着した法的確信になっているものであり、この先例法を変えるためには法改正等が必要であるというべきである。したがって、本件通達による法人税等相当額の控除を認めない本件更正処分は、右行政先例法に反するものであり、ひいては租税法律主義に違反するものである。

2 純資産価額方式によって株式の価額を評価する際に、法人税等相当額を控除することとしている趣旨から検討しても、次に述べるとおり、本件出資の価額の評価に当たっては、法人税等相当額を控除すべきである。

(一) 法人税額相当額控除の趣旨

本件通達が、純資産価額方式による株式の評価に当たり、法人税等相当額として評価差額の五一パーセントを控除する趣旨は、個人が財産を直接支配する場合と、株式出資という形態を通じて間接的に支配する場合とでは、法律的、形式的にその所有形態が異なるので、これを経済的に同一の条件に置き換えるためである。

すなわち、前記一2(二)記載のとおり、取引相場のない株式は、その会社の規模等によって評価方法が異なっているところ、個人が事業用資産を用いて事業を行っている場合、その個人に相続が開始すると、その個人の有する事業用資産は相続税評価額により時価評価される。このこととのバランスから、個人が会社を支配し、会社が資産を有している場合には、その会社の資産を相続税評価額により時価評価して会社の純資産を計算し、この純資産の額を基準としてその株式を評価するのである。

ところで、個人が資産を直接支配している場合と、会社を設立し会社を通じて間接的に資産を支配している場合とでは、その支配の形態が一方は直接的であり、他方は間接的であるという点で決定的な差がある。この点をどのように評価するかにつき、法律的に個人のところへ会社財産を取り戻すには会社を解散させなければならないことに着目し、会社を解散すると、会社の清算所得(評価差額)に対して、法人税、住民税が課税されるという法人税法等の規定をリンクさせ、一律に、評価差額に対する法人税等相当額として、その五一パーセントを控除することとして、間接所有の形態を直接所有の形態と経済的に同一の条件の下に置き換え、評価の均衡をとっているのが、本件通達に定める純資産価額方式である。

法人税等相当額控除の趣旨は右のとおりであるから、個人事業資産の間接所有形態である株式等を純資産価額方式により評価する場合に、法人税等相当額を控除するのは、理論上当然のことというべきである。

(二) 本件被相続人は、法人であるAの出資(本件出資)を保有しているのであるから、純資産価額方式によりこれを評価する場合に、法人税等相当額を控除すべきことは明らかである。

3 被告は、本件一連の行為は、経済的合理性及び必要性が全くないにもかかわらず、評価通達の規定を利用して相続税を軽減することのみを目的として意図的になされたものであり、本件出資の評価に当たり、法人税等相当額の控除を認めると、租税負担の公平を害することになるとし、本件には、評価通達によらないことが相当と認められるような特別の事情が存在するから、本件出資の評価に当たり、法人税等相当額を控除しないで評価することには合理性がある旨主張する。

(一) しかし、本来、相続税における財産評価は、その課税時期の現況において評価されるものであって、その課税時期の前後の事情は考慮すべきものではない。本件においては、課税時期にAの出資が相続財産として存在したのであるから、これに本件通達をそのまま適用して評価すべきことは当然である。この場合、仮にその会社が個人商店といえるようなものであっても、被相続人が出資という形で所有している以上、間接所有として評価すべきであるし、会社の設立目的、過去の営業実績、将来の営業見通し、設立後の年数、将来の組織変更の計画、解散の予定等の事情を問うことなく、一律にこれを適用して評価するべきである。

評価通達によらないことが相当と認められるような特別の事情があるか否かは、いわば経済的実質を直視し、原則的方法によれば経済的実質と著しくかい離した取扱いとなるかどうか、実質的不平等が生じるか否かにより判断されるべきである。本件においては、本件通達をそのまま適用して本件出資を評価しても、経済的実質と著しくかい離した取扱いになるとか、実質的不平等が生じるということはなく、本件において、右の特別の事情があるということはできない。

(二) 以下に述べるとおり、本件一連の行為には経済的合理性及び必要性があり、また、本件被相続人らの行為は、相続税を軽減することのみを目的として意図的に行われたものではない。この点に関する被告の主張は著しく事実を誤認するものである。

(1) 本件被相続人がBとAの二つの会社を設立した目的、その設立の経緯は、次のとおりである。

すなわち、本件被相続人は、乙川税理士の提案に従って、借入金で会社を設立し、さらに、現物出資により会社を設立した。当時、相続税対策として会社設立が有効であることは、雑誌、講演会等で数知れず説明されていたので、本件被相続人もこの方法が相続税対策として有効であることは知っており、相続税を軽減する目的も持っていた。しかし、本件被相続人がB及びAを設立した目的はそれに止まるものではない。

そもそも本件被相続人は、相続税の納税に備えて、株式投資によって得た収益によって納税資金を蓄えようとして、株式投資を始めたのである。株式投資については、個人で行うより法人で行うこととした方が税務上有利である旨の乙川税理士の助言で、株式投資のために会社(B)を設立した。本件被相続人は、同居している原告を後継者と考えていたので、当初、本件被相続人のほかは、原告夫妻だけを出資者としようとしたが、その他の相続人やその配偶者等が口を挟んできたことから、同税理士のアドバイスを受けて、現実的に原告が本件被相続人の遺産を承継できるように考え、また、毎月の決裁に当たりその他の相続人の印をもらうのが大変なため、本件被相続人は、自らのほか、原告らをBの出資者とした上で、Bを支配するために、Bの出資を現物出資してもう一つ会社(A)を設立し、実質的に経営権を本件被相続人及び原告にまとめたのである。また、BもAも、株式投資をする会社であったが、投資規模を変えることにより、切り口を変えた投資となることを目指し、かつ、リスクの分散を図ったものである。

B及びAが時期を同じくして設立されたのは、平成二年に改正された有限会社法が、平成三年四月一日から施行されることとなり、変態設立事項のある場合の有限会社の設立手続に検査役の選任を要することとなったため、その煩雑さを避けるべく、右改正前に設立手続を済ませようとして急いだためである。

そして、設立されたB及びAは、それぞれ有価証券の投資運用会社として、投資顧問会社に委託して株式の売買等をして活動し、納税等もしており、いずれも実体を有していたものである。

(2) A設立時に本件被相続人らがBの出資を著しく低い価額で出資したのは確かに節税目的であるけれども、現物出資における受入れ価額をいくらにするかについては当事者の決定にまかされているのであって、本件の場合の値決めは何ら法的規制に反しているものではない。しかも、現物出資を低い価額で受け入れるのであれば、商法上の資本充実に反することもないのである。被告が思うように徴税できないからといって、翻って現物出資の受入れ価額が著しく低いのがいけないとするのは本末転倒である。

(3) 被告は、BとAの合併、減資が当初より予定されていたとし、本件相続開始後に両者が合併し、減資が行われたことを問題にする。

しかしながら、本件被相続人は、前述したとおり、B及びAの二社を設立して株式投資を行い、納税資金を捻出する計画であったところ、予想に反してバブル景気が崩壊し、また、突然病に倒れ、その後短期間で死亡したため、同人において心づもりにしていた株式投資による納税資金の形成が間に合わず、原告らはやむなく右合併等を行ったのである。すなわち、本件相続開始当時には、本件被相続人が所有していた不動産にはすべて銀行に対する借入金債務を担保するため抵当権が設定されており、めぼしい財産は本件出資しかなかったことから、やむなくAがBを吸収合併し、減資交付金により銀行からの借入金を返済して右抵当権を抹消し、不動産を売却して相続税を納税したのであって、B及びAの合併等は、当初から予定されていたものではないのである。

(4) 被告は、本件被相続人らが乙川税理士案のような計画を有していたことの根拠として、右案を記したとされる「投資顧問会社を利用した相続対策」と題する書面(乙一二)及び第一勧業銀行お茶の水支店作成の貸出協議書(乙一四)を挙げるが、それらは、銀行の立場から作成された資料であって、銀行側が稟議を通しやすくするために、本件被相続人が本件一連の行為をあたかも当初より計画していたかのような体裁の書面を作成したものにすぎない。本件被相続人が乙川税理士案のような計画を有していたのであれば、その計画どおりに事態が進行していくはずであるのに、実際には平成三年一一月に本件被相続人から原告への出資の売却は行われなかったし、平成三年一二月に二つの会社の合併も行われていないのである。

また、仮に、本件被相続人が乙川税理士のような計画を有していたとすれば、右計画によれば同人が資金を必要とするのは一〇か月間ほどであるから、本件借入れの借入期問を三年間もの長期間とするはずはなかったのである。しかるに、実際には、本件被相続人は、平成三年三月二五日に右資金を平成六年四月二日までの三年間の約定で借り入れているのであり、このことも、本件被相続人が右のような計画を有しておらず、二つの会社を実質的に活用して納税資金を捻出しようとしていたことの証左である。

(5) 被告は、B、Aを設立した場合と設立しなかった場合とを比較して、実質的な租税負担の公平を著しく害する旨主張する。

しかしながら、相続税は、相続開始時点の被相続人の財産を評価通達に従って評価し、課税されるものである。したがって、被告が本件被相続人においてB、Aを設立した場合としなかった場合とを比較することは意味がない。本件相続開始時の現況で評価されるべきことは当然である。

(三) 評価通達六の定めは、一般的水準としての評価通達に従って評価することが著しく不適当と認められる財産について、実質的な負担の平等を図るため、法二二条の規定を逸脱しない範囲で、他の合理的な評価に実質的担税力を求めても許される場合に適用されるものであるところ、この通達の定めを適用するためには、国税庁長官の指示を求め、この指示に従って課税処分を行う必要があるとの制約があるにもかかわらず、本件において、被告は、国税庁長官の指示の有無を明らかにしていない。したがって、右通達の定めを適用してされた本件更正処分等は、憲法三一条に規定する適正手続の保障に違反するというべきである。

4 被告は、評価通達に定められた評価方式を画一的に適用するとかえって実質的な租税負担の公平を害することが明らかな場合には、別の評価方式によることが許される旨主張する。

しかしながら、たとえ別の評価方法によるにしても、それは「時価」を算定する客観的、合理的な方式でなければならないはずであり、しかも、その評価方法が客観性、合理性を有することは被告において主張、立証すべきである。

しかるに、被告は、被告主張の評価方法により計算された価額について、法人税等相当額を控除する必要性はないから、控除しないで計算することが合理的であり、その方法で計算したものが時価であるといった、結論をもって理由とするような、理由ともならない理由を主張するばかりで、その価額がいかなる意味で客観性、合理性を有するのかについて、全く論証していないのである。

かえって、被告は、評価通達に規定された評価方法が合理性を有することを主張しておきながら、本件出資の評価に当たっては、評価通達に定められた評価方法のうち一部分のみを適用し、法人税等相当額の控除の部分のみを適用しないで評価しており、このような評価の方法は、合理性を有するものではない。

第三  当裁判所の判断

一  相続により取得した財産の価額は、特別の定めのあるものを除き、当該財産の取得の時における時価により評価される(法二二条)。ここにいう「時価」とは、相続開始時における当該財産の客観的交換価値をいい、右交換価値とは、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間において自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額であって、いわゆる市場価格と同義であると解するのが相当である。

二  評価通達について

1  相続財産の客観的交換価値といっても、必ずしも一義的に確定されるものではないことから、課税実務においては、相続財産評価の一般的基準が評価通達によって定められ、これに定められた画一的な評価方式によって相続財産の時価、すなわち客観的交換価値を評価するものとしている。これは、相続財産の客観的な交換価値を個別に評価する方法をとると、その評価方式、基礎資料の選択の仕方等により異なった評価額が生じることを避け難く、また、課税庁の事務負担が重くなり、回帰的かつ大量に発生する課税事務の迅速な処理が困難となるおそれがあることなどからして、あらかじめ定められた評価方式によりこれを画一的に評価する方が、納税者間の公平、納税者の便宜、徴税費用の節減という見地からみて合理的であるという理由に基づくものであり、したがって、評価通達に規定された評価方法が合理的なものである限り、相続財産の価額は、原則として、右評価方法によって画一的に評価するのが相当である。

しかしながら、評価通達に定められた評価方式によるべきであるとする趣旨が右のようなものであることからすれば、評価通達に定められた評価方式を画一的に適用すると、かえって、実質的な租税負担の公平を害することが明らかな場合には、別の評価方式によることが許されると解されるべきであり、このことは、評価通達六において「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する。」と定められていることからも明らかというべきである。

すなわち、相続財産の価額の評価に当たっては、特別の定めのある場合を除き、評価通達に定める方式によるのが原則であるが、評価通達によらないことが相当と認められるような特別の事情がある場合には、他の合理的な時価の評価方式によることが許されるものと解するのが相当である。

2  前記第二の一2記載のとおり、評価通達は、上場株式及び気配相場のある株式とそれ以外の取引相場のない株式とを区別し、前者については取引価格によって評価し、後者については、評価会社の規模、性格、株主の実態等に応じて別の評価方法を定めているところ、次の述べるとおり、評価通達の定める取引相場のない株式の評価方法は合理的なものであり、したがって、右評価方法によらないことが正当として是認され得るような特別の事情がある場合を除き、取引相場のない株式は右評価方法により評価するのが相当である。

(一) すなわち、上場株式、及び気配相場等のある株式のように大量かつ反復継続的に取引が行われている場合には、多数の取引を通じて一定の取引価格が形成され、右取引価格は、市場原理を通じてまさに当事者間の主観的事情が捨象された当該株式の価値を客観的に反映しているものと考えられる。したがって、当該取引価格は原則として株式が客観的に有する交換価値として確立したものということができる。しかしながら、取引相場のない株式については、そもそも上場株式のように大量かつ反復継続的な取引は予定されておらず、また、取引事例が存在するとしても、その数がわずかに止まる場合には、当事者間の主観的事情に影響されたものでないことをうかがわせる特段の事情がない限り、当該実例価格は、売買当事者間の主観的事情を離れた当該株式の客観的交換価値を反映したものとは評価できないというべきである。それゆえ、評価通達は、上場株式及び気配相場等のある株式と取引相場のない株式とを区別して、前者についてのみ取引価格によって評価することとしているものと解されるのであり、右区別は合理的である。

(二) 我が国において、取引相場のない株式は、株式の圧倒的多数を占めており、その発行会社の規模は上場会社に匹敵するものから、個人企業と変わらないものまで千差万別であって、会社の株主の構成をみても、いわゆるオーナー株主といわれる株主のほか、従業員株主などの零細な株主が存在していることから、評価通達は、これらの実態を踏まえ、取引相場のない株式の価額について、合理的、かつ、その実態に即した評価を行うため、前記第二の一2(二)(1)及び(三)のとおり、評価会社をその事業規模に応じて大会社、中会社、小会社に区分し、大会社においては類似業種比準方式を、小会社においては純資産価額方式を、中会社においてはその併用方式を、それぞれの会社の株式の評価に適用すべき原則的評価方式として定めるとともに、零細な株主に代表される「同族株主以外の株主等が取得した株式」については、原則的評価方式に代えて、特例的評価方式である配当還元方式により評価することとしているのである。

思うに、上場会社に匹敵するような大会社の株式は、上場会社の株式の評価との均衡を図る必要があることから、類似業種比準方式を採用するのが合理的であると認められる。これに対し、個人企業とそれほど変わるところがない小会社の株式は、個人企業者の財産評価との均衡を図ることが合理的であり、しかも、そもそも株式は、会社資産に対する割合的持分としての性質を有し、会社の所有する総資産価値の割合的支配権を表象したものであり、株主は、株式を保有することによって会社財産を間接的に保有するものであり、当該株式の理論的・客観的な価値は、会社の総資産の価額を発行済株式数で除したものと考えられることに照らし、純資産価額方式を採用することは極めて合理的であると認められる。さらに、その中間にある中会社の株式の評価に当たっては、類似業種比準方式と純資産価額方式を併用した方式によって評価することは、以上に述べたことに照らし、合理的であると認められる。また、零細な株主に代表される「同族株主以外の株主等が取得した株式」については、株主の持株割合が低下すると会社に対する支配権が希薄になり、配当を受けることが株式の保有により把握する権利の主たる要素となる反面、その割合が上昇すると会社に対する実質的支配権が増大するという実態があることから、そのような株式の時価を評価するための例外的な評価方式として、配当還元方式によって評価することも、そのような事情をしん酌した合理的な課税上の一つの措置であると認めることができる。

(三) 純資産価額方式において法人税等相当額を控除する趣旨

ところで、純資産価額方式において評価会社の資産の相続税評価額と負債との差額から法人税等相当額を控除する趣旨は、以下のようなものであると認められる。

すなわち、個人が株式の所有を通じて会社の資産を間接的に所有している場合と個人事業主として直接に事業用資産を所有する場合とでは、その所有形態が異なることからその処分性等におのずと差があるといえる。すなわち、例えば、評価会社が、被相続人の個人的な資質や能力に依存していたいわゆるワン・マン会社であって、相続の開始によって事業の継続が不可能になる場合や相続人が会社の資産を自己のために自由に利用あるいは処分したい場合には、会社を解散、清算することにより被相続人が所有した株式数に見合う財産を手にするほかないところ、その場合に、法人に清算所得(いわゆる含み益)があった場合には、その清算所得に対して法人税等が課されるため、個人事業者が直接に事業用資産を所有している場合に比して、その法人税等相当額分だけ実質的な取り分が減少するということができる。そうすると、このような株式の評価に当たって、個人が株式の所有を通じて会社の資産を間接的に所有している場合と個人事業主として直接に事業用資産を所有する場合とで、両者の事業用財産の所有形態を経済的に同一の条件の下に置き換えた上で評価の均衡を図る必要がある。純資産価額方式において法人税等相当額を控除するのは、かかる配慮に基づくものである。

したがって、本件通達が純資産価額方式において評価会社の資産の相続税評価額と負債との差額から法人税等相当額を控除するものとしているのは、合理的なものと認められる。

(四)(1) ところで、評価通達の取扱いは、相続税の性格を考慮して評価の安全性を図ること、課税の公平のために評価の統一を図ること、納税者の便宜のため簡便な評価方法によることなどを理念とするものであるが、これらの評価の安全性、統一性、便宜性等にかたよることになると、ある種の財産(たとえば土地、株式)については、その財産についての評価額と実際の取引価額との間に開差を生じさせることになり、右開差がこれを利用した租税回避行為の原因にもなっていることから、課税の公平の観点から、そのような開差の是正とともに、より株式取引の実態に適合するように評価の一層の適正化を図る目的で、平成二年八月三日付け直評一二・直資二―二〇三をもって評価通達の一部改正が行われた(乙一、弁論の全趣旨)。すなわち、評価会社の資産の保有状況、営業の状態等が一般の会社と異なる株式保有特定会社、土地保有特定会杜、開業後三年未満の会社等、開業前又は休業中の会社、清算中の会社の各株式については、「特定の評価会社の株式」として特別な評価方法により評価することとし、その具体的な評価方法を評価通達一八九―二ないし一八九―五において定めた。右のうち、開業後三年未満の会社の株式の評価が純資産価額方式によることとされていることは、前記第二の一2(三)に記載したとおりである。

(2) 開業後三年未満の会社の株式について評価通達が純資産価額方式を採用した理由は、以下のようなものであると思われる。

すなわち、類似業種比準方式は、標本会社として採用されている上場会社に匹敵する評価会社について、配当、利益及び純資産価額(簿価)という三つの比準要素により、業種別の上場会社の平均株価に比準して評価会社の株価を算定する評価方法であり、このような評価方法により適正に株価を算定するためには、評価会社が、標本会社である上場会社と同様に正常な営業活動を行っていることが前提条件となるところ、開業後三年未満の評価会社は、その経営状況や財務指標が未だ安定的でなく、類似業種比準方式により適正に株価を算定することを期し難いことから、同方式によって評価することは妥当でない。また、配当還元方式は、多種多様な株価の決定要素のうち配当金のみを基準とする評価方式であるため、評価の適正もそれだけ担保し難いこと、その評価・計算の基礎となる配当額については客観的な支払基準が存在しないため、会社が配当額を決定するに当たり経営者の恣意が介入しやすく、実際にもこれが介入する場合が多いこと、さらに、個人事業者の場合には、個々の資産、負債を基に相続税の課税価格が算出されるのであり、これと課税の権衡を図るという観点からみても、配当金のみを基準とする配当還元方式は適切な評価方法といえないことから、同方式は、配当を受けることが株式の保有により把握する権利の主たる要素となるような例外的な場合の評価方法として限定的に用いられるべきものであり、それ以外の場合にこの方式を用いることは妥当でない。これに対し、純資産価額方式は、そもそも株式は、会社資産に対する割合的持分としての性質を有し、会社の所有する総資産価値の割合的支配権を表象したものであり、株主は、株式を保有することによって会社財産を間接的に保有するものであり、当該株式の理論的・客観的な価値は、会社の総資産の価額を発行済株式数で除したものと考えられることからして、取引相場のない株式の評価の原則的な評価方法といいうるものであり、右に述べたことに照らし、開業後三年未満の会社の株式の評価に当たり、純資産価額方式に従って評価することは合理的であると認められる。

(五) 前記第二の一2(一)のとおり、合名会社、合資会社及び有限会社に対する出資の価額は、取引相場のない株式の評価に関する定めに準じて計算した価額によって評価することとされている(評価通達一九四)ところ、一般に、合名会社、合資会社及び有限会社に対する出資について取引相場というものが形成されておらず、取引相場のない株式との類似性が高いことからして、右通達の定めは合理性があるということができる。

三  本件出資の時価の評価

本件出資は本件被相続人のAに対する出資であるところ、本件相続開始当時において、Aはその開業後三年を経過していなかったこと、仮に本件出資の時価の評価に当たり評価通達をそのまま適用した場合には、純資産価額方式(評価通達一八五)によって評価され、課税時期における各資産を評価通達に定めるところにより評価した価額の合計額から課税時期における各負債の金額の合計額及び法人税等相当額を控除した金額を課税時期における発行済株式総数で除して計算することとなることは、当事者間に争いがない。

被告は、本件出資の時価を評価するに当たり、評価通達に定める純資産価額方式を基礎とし、法人税等相当額を控除しないで評価すべきである旨主張し、これに対し、原告は、本件通達をそのまま適用して法人税等相当額を控除すべきである旨主張するので、以下この点について判断する。

1 本件通達が純資産価額方式において法人税等相当額を控除する趣旨は、個人が株式の所有を通じて会社の資産を間接的に所有している場合と個人事業主として直接に事業用資産を所有する場合とでは、その所有形態が異なることからその処分性等におのずと差があるため、両者の事業用財産の所有形態を経済的に同一の条件の下に置き換えた上で評価の均衡を図る必要があるという配慮に基づくものであること、これが合理性を有すると認められることは、前記二2(三)記載のとおりであり、したがって、純資産価額方式に従って株式等を評価するに当たっては、評価通達によらないことが相当と認められるような特段の事情がない限り、法人税等相当額を控除して計算したものが、当該株式等の「時価」(法二二条)に当たると解するのが相当である。

しかしながら、本件通達が純資産価額方式による評価において右のような配慮をしているのは、被相続人から事業用資産を直接に相続した場合とその間接的所有形態である株式を相続した場合とで、その評価の均衡を図る必要があるとの考慮に基づくものであり、そのような評価の均衡を図る必要性と関係なく、純資産価額方式による評価の際に理論上当然にその配慮がされるべきものとする趣旨ではないというべきである。本件通達が法人税等相当額を控除することとしていることを利用し、ことさらに評価差額を人為的に作出して相続税の軽減を図り、しかも、当初から会社を解散した場合の清算所得に対する課税が予定されていないような場合においては、本件通達を形式的、画一的に適用し、法人税等相当額を控除するとすることは、本件通達の趣旨に沿わないのみならず、このような計画的な行為を行うことのない納税者との間での租税負担の公平を著しく害し、また、富の再分配機能を通じて経済的平等を実現するという法の立法趣旨に反する著しく不相当な結果をもたらすというべきである。したがって、このような場合においては、評価通達によらないことが相当と認められるような特別の事情があると解するのが相当であり、純資産価額方式によって株式等を評価するに当たって、法人税等相当額を控除しないで計算したのをもって当該株式等の「時価」(法二二条)とみるのが相当である。

2  前記第二の二の前提となる事実に証拠(甲二の1ないし3、三の1ないし4、四、五、乙二ないし一五、一六の1ないし3、一七の1ないし3、一九ないし二一、証人乙川一郎及び原告本人)及び弁論の全趣旨を併せれば、以下の事実が認められる。

(一) 乙川税理士案

乙川税理士が主宰する○○総合事務所の職員である丙田三郎(以下「丙田」という。)は、本件被相続人の相続税対策の担当者であったところ、次のとおり、相続税対策として会社を二つ設立するスキーム(乙川税理士案)を考案した。

(1) 平成三年三月二五日、①本件被相続人は、借入金一〇億円によりBを設立する、②その際の出資者、出資額及び出資口数は、それぞれ本件被相続人が九億九七〇〇万円、九九七〇口、原告が一〇〇万円、一〇口、原告の妻陽子が二〇〇万円、二〇口とする、③Bの資本金は四〇〇〇万円とし、九億六〇〇〇万円は資本準備金とする、④右借入金は、投資顧問会社において運用し、その返済は、後記(3)のAの出資口数を原告に売却する代金で一部返済する。

(2) 平成三年三月二九日、①本件被相続人及び陽子は右Bの出資口数を現物出資することにより、Aを設立する、②その際、本件被相続人及び陽子に対しては、Bの出資口数一口当たりAの出資口数一口を与えることとし、Aの資本金は三九九六万円とする。

(3) 平成三年一一月、①Aの決算(平成三年一〇月末)後、本件被相続人は右Aの出資口数を原告に対し本件通達が定める純資産価額方式により算定される価額により売却する、②原告は、借入金五億円により、本件被相続人の右Aの出資口数九九七〇口を購入する、③本件被相続人は、右売却代金により前記(1)の借入金の一部を返済する、④原告は、右借入金を後記(5)の減資払戻額八億九八二〇万円により一括返済し、残額三億九八二〇万円は定期預金とする。

(4) 平成三年一二月、AはBを吸収合併し(その結果、Aが合併直前に有していたBの出資口数は、自社に対する出資となるので消却し、それに見合う資本金を減資する。)、資本金は四〇〇〇万円とする。

(5) 平成四年一月、①Aの資本金を一〇分の一に減資し四〇〇万円とする、②減資による払戻額は、原告に対して八億九八二〇万円、陽子に対して一八〇万円の合計九億円である、③Aは、右減資のための資金として九億円を借り入れる。

(二) 丙田は、右計画を書面化した上、本件被相続人及び第一勧業銀行お茶の水支店の融資担当者に対し、説明をしたところ、両者がこれを了承したことから、乙川税理士案が実行されることとなった。

なお、丙田は、乙川税理士案について、各計画をいつ実施するかといった点はともかく、少なくともその骨子については、原告らに対しても説明し、その了解を得ていた。

原告は、B及びAからの収益によって本件借入金を返済することができない場合には、AがBを吸収合併した上、減資をして、減資交付金によって本件相続に係る相続税を支払うことになると考えていた。

(三) B及びAの設立

(1) 本件被相続人は、その妻甲野花子及び原告を連帯保証人として、平成三年三月一五日、第一勧業銀行に対し、一四億六八〇〇万円の借入れの申込みをした。右借入れに係る申込書には、「債務者甲野次郎は、顧問税理士乙川一郎氏の提案に基づき、貴行に下記のとおりお借入申し込みいたします。」と記載されていた。

原告らは、本件借入れに当たり、「債務者について相続が開始された場合には、私ども相続人は、債務者が別に差し入れている金銭消費貸借契約証書に基づく債務者の貴行に対する一切の義務を自動的に引き受けるものといたします。したがって、万一貴行に損害が生じた場合には、私どもが引き受け貴行には一切迷惑をかけません。」と記載された念書を連名で第一勧業銀行に対し、差し入れた。

(2) 平成三年三月二五日、第一勧業銀行と本件被相続人との間で、貸主を第一勧業銀行、借主を本件被相続人、借入金額を一一億一〇〇〇万円及び三億五八〇〇万円とする各個人ローン契約がそれぞれ締結され、同日、右合計金額一四億六八〇〇万円(本件借入金)が第一勧業銀行から同行お茶の水支店の本件被相続人名義の普通預金口座(口座番号<省略>)に振り込まれた。

本件借入れにおいては、返済期限は平成六年四月二日、当初の利率は年8.3パーセントとされ、元本は右返済期限に一括返済することとされていた。

本件被相続人は、本件借入金のうちBへの出資に充てられた以外のものを定期預金(以下「本件定期預金」という。)として第一勧業銀行お茶の水支店に預金していたところ、本件借入金の利息の返済は、右定期預金を順次解約することにより行われた。

(3) 本件被相続人は、本件借入金のうちから一〇億円を出資して、平成三年三月二五日、資本金四〇〇〇万円のBを設立し、その代表取締役に就任した。

同社においては、出資口数は四万口とされ(その出資一口の金額は一〇〇〇円)、出資一口当たり二万五〇〇〇円の引受価額で、本件被相続人名義で三万九八八〇口が、原告ら各人名義でそれぞれ二〇口が引き受けられ、右引受金額の合計額一〇億円のうち四〇〇〇万円が資本金、その余の九億六〇〇〇万円が資本準備金とされた。

(4) Bの平成三年三月二五日現在の開始貸借対照表には、借方現金一〇億円、貸方資本金四〇〇〇万円及び資本準備金九億六〇〇〇万円と記載されているところ、右現金相当額が同月二六日に第一勧業銀行お茶の水支店の本件被相続人名義の右普通預金口座から同行同支店のBの普通預金口座(口座番号<省略>)に振り込まれた。

(5) 本件被相続人は、Bの設立に続き、その三日後の平成三年三月二八日に、Bの自己名義の出資口数三万九八八〇口及びその他の相続人五名名義の出資口数一〇〇口の合計三万九九八〇口を現物出資することにより資本金三九九八万円のAを設立し、その代表取締役に就任した。

Aにおいては、その出資口数は三万九九八〇口とされ(その出資一口の金額は一〇〇〇円)、本件被相続人ら各人名義のBの出資口数の現物出資に対して、Bの出資口数一口に対してAの出資口数一口(すなわち、本件被相続人名義分が三万九八八〇口、その他の相続人各人名義分がそれぞれ二〇口)が与えられた。

(6) Aの平成三年三月二八日現在の開始貸借対照表には、借方出資金三九九八万円、貸方資本金三九九八万円と記載されている。

(四) 本件相続開始後の事情

(1) 本件被相続人は、平成三年九月に体の不調を覚えたことから順天堂大学病院に入院し、以後加療を続けていたが、平成四年三月二〇日に悪性リンパ腫に起因する心不全のため死亡した。

原告は、本件相続により、本件出資等を取得した。

(2) 平成四年一〇月一日、AとBは合併期日を同年一二月二六日とする合併の契約を締結し、合併契約書を作成した。

右合併契約書第二条には、Aは、合併により出資口数四万口を増加し、合併期日現在のBの社員に対し、その所有する出資一口の金額一〇〇〇円の出資持分一口に対してAの出資一口の金額一〇〇〇円の出資持分一口を割当て交付するものとする旨記載されており、また、Aの総勘定元帳によると、平成四年一二月二八日にBを吸収合併したことを示す経理処理がなされ、同日に、Aが合併直前に有していたBの出資口数に見合う出資金三九九八万円と資本金三九九八万円とを相殺する経理処理がなされている。

(3) Aの総勘定元帳によると、平成五年二月二二日に短期貸付金九億円と資本金三六〇〇万円及び資本準備金八億六四〇〇万円とを相殺する経理処理がなされている。

(4) 原告らは、Aの減資交付金を引当てにしたAからの借入金等により本件被相続人の銀行からの借入金を返済し、本件被相続人が所有していた不動産に設定されていた抵当権を抹消し、これらの不動産を売却して本件相続に係る相続税を納税した。

(五) B及びAの経営

(1) B及びAは、いずれもその事業目的を有価証券の保有、運用、投資等としており、代表取締役その他の点でも出資形態を除いて全く同一である。そして、いずれも同一の金融商品である金銭信託以外の金銭の信託により投資を行い、フォーエス投資顧問株式会社との間で投資一任取引契約を締結し、信託財産の運用に係る指図権を委任した。

(2) Bは、平成三年三月二五日の設立から同年八月三一日までの事業年度において、約二五〇〇万円の経常利益を出していて、所得金額も若干の黒字となっているものの、平成三年九月一日から平成四年八月三一日までの事業年度においては、経常利益を出したものの、所得金額は欠損に陥り、平成四年九月一日から同年一二月二八日合併までの事業年度においては、経常損失を出して、取得金額も欠損となっており、また、Aも、平成三年三月二八日の設立から同年八月三一日までの事業年度ないし平成四年九月一日から平成五年八月三一日までの事業年度において、いずれも経常損失を出していて、所得金額は欠損となっている。

3(一)  前記2(三)の(3)ないし(6)によれば、本件被相続人は、乙川税理士案の(1)及び(2)を実行したものと認められる。

乙川税理士案の(3)は実行されていないが、前記2(四)(1)のとおり、原告が本件相続により本件出資を取得していることから、実質的には乙川税理士案の(3)が実行されたものと同様の効果が実現したものとみることができる。

また、前記2(四)(2)によれば、AはBを吸収合併し、Aが合併直前に有していたBの出資口数は、自社に対する出資となるので消却され、それに見合う資本金が減資され、そして、合併後のAの出資口数は四〇〇〇口となり、資本金は四〇〇〇万円となったことが認められ、これにより乙川税理士案の(4)が実行されたものとみることができ、さらに、前記2(四)(3)によれば、原告らは、Aの資本金を一〇分の一に減資し四〇〇万円とし、減資による払戻金として、原告らに対し合計九億円がそれぞれの出資持分に応じて支払われた結果になっていることがうかがわれ、これにより乙川税理士案の(5)が実行されたものということができる。

(二)(1)  右認定の事実を基に検討するに、B及びAを設立するに当たり、本件被相続人及び原告らは乙川税理士案を了解していたと認められること、第一勧業銀行からの本件借入れ、B及びAの設立は乙川税理士案に直接基づいたものであり、その後のB及びAの合併及び減資、減資交付金による本件被相続人の銀行からの借入金の弁済は、いずれも、その時期の点は別として、乙川税理士案において予定されていたものであること、乙川税理士案にある自社株の売買は行われなかったが、本件相続によって原告が本件出資を取得し、これによっても乙川税理士案の場合と同様に相続税を軽減させる効果があると認められることからして、右一連の行為は、乙川税理士案を基礎として、大筋においてこれに沿うものであり、本件被相続人及び原告は、全体として、乙川税理士案に沿い、これを実行したものと認めることができる。

(2) 本件被相続人は、本件借入金のうち一〇億円を出資してBを設立した上、Bに対する出資を現物出資し、右出資を時価に比べ著しく低い価額で受入れさせてAを設立したのであるが、Bへの出資は、企業活動の基本財産とはなり難いものであり、Aの事業目的上有益なものとはいえないものであること、後述のとおり、Bは近い将来Aに吸収合併され消滅することを予定して設立されたものであり、その後現実にAに吸収合併され消滅していること、B及びAは、事業目的、代表取締役その他の点でも出資形態を除いて全く同一であり、同一の投資顧問会社との間で投資一任取引契約を締結していること、Bにおいてその第一期分(平成三年三月二五日から同年八月三一日まで)の事業年度は所得金額が若干の黒字となってはいるものの、その余の事業年度ではいずれも欠損となっており、同様に、Aも平成三年三月二八日の設立から同年八月三一日までの事業年度ないし平成四年九月一日から平成五年八月三一日までの事業年度において、いずれも経常損失を出していて、所得金額は欠損となっていることからして、B及びAという二つの会社を設立する経済的合理性及び必要性は認められず、また、右二つの会社が現実に営利を目的としてそれぞれの特殊性を生かして事業活動を行っていたものとも認められない。

しかも、本件借入金の利率は当初は年8.3パーセントと定められ、これによる金利負担は年額九二一三万円となるのに、本件被相続人の各年において経常的に発生すると認められる所得は一〇〇〇万円強にすぎないこと(乙二二、弁論の全趣旨)、当時の株価をめぐる情勢をも勘案すれば、わずか三年間の借入期間の中で、右利息分に加え一四億円強もの元本を返済するだけの収益を上げ、しかも本件相続に係る相続税の弁済資金まで獲得する見込みはほとんどないに等しいというほかなく、右弁済資金を得るための具体的な方策が採られた形跡はない上、現実にも、本件借入金の利息の返済は、本件定期預金を順次解約することにより行われていたことからして、B及びAの合併及び減資によらなければ本件借入金の返済は不可能であったということができる。以上の点に加え、B及びAの設立等が乙川税理士案に沿ったものであり、右案においてはそれらの合併及び減資が盛り込まれていたこと、現実にも、平成四年一〇月にBとAとは、同年一二月に合併する旨の契約を締結していること、乙川税理士案では、本件一連の行為を通じてAが解散し、清算所得に対する法人税を納付することは予定されておらず、最終的に残存することになる減資後会社の貸借対照表によっても清算所得は生じない状況にあること、現実にも、AがBを吸収合併した平成四年九月一日から平成五年八月三一日までの事業年度に係る貸借対照表によっても清算所得は生じないことになっていることからすれば、本件被相続人は、当初から近い将来合併と減資を行うことを予定してB及びAの二社を設立したものであり、したがって、Aが解散し、その場合に清算所得が生じてこれに対して課税されることなどは想定していなかったものと認められる。

(3) また、仮に、本件被相続人に係る相続税の課税価格の計算上、Aの出資の価額を評価通達の規定により評価される四億七六三六万一七〇〇円(一口当たり一万一九一五円)として相続財産に計上する一方、その取得資金である本件借入金のうちの一〇億円をそのまま債務として計上すると、当該債務のうちAの出資の価額から控除しきれない約五億円の債務が他の相続財産の価額から控除されることとなるので、その結果として、本件被相続人が本件借入金のうちの一〇億円によりB及びAを設立しなかった場合に比べて課税価格が約五億円圧縮され、相続税の負担総額も約二億円軽減されることとなる。

(4)  右に検討したところによれば、乙川税理士案に沿って実行された本件一連の行為は、経済的合理性及び必要性がないのに、本件通達が法人税等相当額の控除を認めていることを利用して専ら相続税を軽減することを目的として意図的になされたものと認めるのが相当である。

(三)(1)  原告は、本件一連の行為には経済的合理性及び必要性があり、また、本件被相続人らの行為は、相続税を軽減することのみを目的として意図的に行われたものではないとして種々主張し、甲四、五、証人乙川一郎、原告本人の各供述中には右主張に沿う部分がある。

(2) しかしながら、本件一連の行為に経済的合理性及び必要性が認められず、これらの行為が相続税を軽減することを目的として意図的に行われたと認めるべきことは、前記(二)に説示したとおりである。

原告は、乙川税理士案を記したとされる「投資顧問会社を利用した相続対策」と題する書面(乙一二)及び第一勧業銀行お茶の水支店作成の貸出協議書(乙一四)は銀行の立場から作成された資料であって、銀行側が稟議を通しやすくするために、本件被相続人が本件一連の行為をあたかも当初より計画していたかのような体裁の書面を作成したにすぎないものであり、実際にも、平成三年一一月に予定されていた「自社株売買」の項目は実行されておらず乙川税理士案にあるとおりには事態は進んでいないとし、本件被相続人が本件借入れ時よりBのAによる吸収合併、減資までを画策していたということはできない旨主張する。

しかしながら、証拠(乙二〇、二一)によれば、乙一二は、平成三年三月当時、第一勧業銀行の本件被相続人に関する融資担当者だった横山が乙川税理士の事務員である丙田を通じて、借入金により会社を設立し、その会社の出資金を現物出資して新たな会社を設立し、さらに両社の合併後、減資により借入金を返済するという一連の計画が記載された書類を入手し、これに基づいて、銀行内の融資の決裁のため作成したものと認められ、また、原告本人自身、丙田が右のような内容の書面を作成し原告に説明したことを認めている(原告本人)のであり、乙一二及びこれに基づく乙一四は、横山が、丙田が持参した書面に記載されていた計画を前提として貸付可能な金額を見積もって、作成したものと認めるのが相当である。

また、乙川税理士案においては、平成三年一〇月に「自社株売買」が行われることとなっていたところ、同年三年九月ころ、本件被相続人がガンで手遅れの状態であることが判明したものであり(原告本人)、本件出資を原告に対し売却するのではなく、本件相続により原告に対し移転させたとしても、やはり大幅に相続税を軽減させることができるのであるから、原告らが、本件被相続人の余命が短いと考えて右「自社株売買」を取りやめ、相続により本件出資を原告に対し移転させようと考えたことは大いにあり得ることであるし、本件被相続人及び原告らが行った一連の行為は全体としてみた場合に乙川税理士案に沿ったものであると評価できるものである。したがって、右「自社株売買」がなされていないことは、本件被相続人が本件借入れ時よりBのAによる吸収合併、減資までを画策していたということはできない旨の原告の右主張の根拠とはならないというべきである。

原告は、仮に、本件被相続人が乙川税理士案のような計画を有していたとすれば、同人が資金を必要とするのは一〇か月ほどであるから、本件借入れの借入期間を三年間もの長期間とするはずはなかった旨主張する。

しかしながら、消費貸借契約において借入期間をどれくらいとするかは、借主の都合だけで決まるものではなく、貸主による借主の弁済資力や担保等の評価、営業上の戦略等の様々な要因によって決まるものと解される。また、乙川税理士案は計画であるから、計画どおりに事が進まない場合も考慮しておかなければならず、本件借入金の繰上げ返済を選択する余地もあることからすれば、借入期間を計画上必要とされる期間より長くしておくことは何ら不自然なことではないというべきである。

したがって、本件借入れの期間が三年間とされていることをもって、本件被相続人が乙川税理士案のような計画を有していなかったと直ちにいうことはできず、原告の右主張は失当である。

(3) 前記(1)掲記の各証拠のうち原告主張に沿う部分は、前記2掲記の各証拠及び前記(二)の説示に照らしたやすく採用することができず、他に前記(一)、(二)の認定を左右するに足りる証拠はない。

4 前記2及び3で認定した事実関係の下では、本件相続開始時点における本件出資の時価評価に当たり、本件通達を形式的、画一的に適用し、法人税等相当額を控除すると、本件一連の行為を行う前後において本件被相続人の直接又は間接に所有する財産の価値にはほとんど変動がなく、また、吸収合併後に存続するAが解散した場合に清算所得が生ずることは想定されていないにもかかわらず、本件一連の行為がなされたことにより、それがされない場合と比較して大幅に相続税額が軽減されることになるのであって、本件通達の趣旨に沿わないのみならず、このような計画的な行為を行うことのない納税者との間で租税負担の公平を著しく害し、また、富の再分配機能を通じて経済的平等を実現するという法の立法趣旨に反する著しく不相当な結果をもたらすというべきであり、その意味で本件においては、本件通達をそのまま適用しないことが相当と認められるような特別の事情があるというべきである。

したがって、本件出資の評価に当たっては、本件通達に定める評価方法を形式的に適用することなく、純資産価額方式を基本としつつ、法人税等相当額を控除しないで評価するのが相当である。

この点に関し、原告は、本件出資の評価に当たり、評価通達六を適用するには、国税庁長官の指示が必要であるところ、被告が右指示があったことを明らかにしないことは憲法三一条に規定する適正手続の保障に違反する旨主張する。しかしながら、評価通達六によれば、評価通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価することとされているが、右にいう国税庁長官の指示は、国税庁内部における処理の準則を定めるものにすぎないというべきであり、右指示の有無が、更正処分の効力要件となっているものでないことは明らかである。したがって、右指示がなかったからといって、右通達の定めに従ってされた更正処分等が憲法三一条に違反し違法となることはないというべきである。なお、乙二四によれば、平成五年一〇月ころ、国税庁から各税務署長に対し、本件のような場合には、評価差額に対する法人税等相当額の控除をしない旨の事務連絡がされていることが認められるところ、これは、評価通達六にいう「国税庁長官の指示」と解することができるものである。

5  原告は、課税実務においては、時価を求めるための一般的基準として評価通達が定められており、本件においても、評価通達をそのまま適用すべきである、本件通達は、法人税等相当額を控除するについて、会社設立の経緯等の要件は一切付しておらず、本件更正処分は、明定されていない要件を恣意によって付すものであって違法である、また、仮に別の評価方法によることが許されるとしても、その方法は合理性を有しなければならない旨主張する。

しかしながら、評価通達によらないことが相当と認められるような特別の事情がある場合には、他の合理的な時価の評価方式によることが許されると解されるのであって、この理は、評価通達六に定められているとおりである。

そして、株式等の理論的・客観的な価値は、会社の純総資産の価額を発行済株式数で除したものと考えられるから、純資産価額方式は株式等の評価方法として高い合理性を有するものであり、法人税等相当額を控除する必要性が認められない特殊な事情がある場合に、法二二条に規定する時価の概念に沿った評価通達に定める純資産価額方式を基本とし、法人税等相当額を控除しないという点についてのみ計算方法を変更し、これによって株式等の評価を行うことには合理性があるというべきである。

この点に関する原告の主張は失当である。

6  原告は、本件通達による法人税等相当額の控除の制度は、長期間にわたり継続的、一般的に適用されてきたものであり、このことにより右制度に対する国民の一般的信頼が形成され、いわゆる行政先例法あるいは納税者間に定着した法的確信になっているものであり、したがって、本件通達による法人税等相当額の控除を認めない本件更正処分は、右行政先例法に反するものであり、ひいては租税法律主義に違反するものである旨主張する。

しかしながら、通達は、上級行政機関がその権限に基づき下級行政機関ないしその職員に対し、法令の解釈や運用等に関して発する行政組織内部の命令にすぎず、国民の権利義務を直接に定める法規の性格を有するものではないと解されるところ、仮に、評価通達あるいはこれに含まれる本件通達に従った取扱いが反復的継続的に行われ、その取扱いに対して国民の一般的信頼が形成され、納税者間に定着するに至ったとしても、これによってその取扱いが法規としての効力を有することになるということは到底できず、他に原告主張のような行政先例法が成立しているとすべき事情を認めるに足りる証拠はない。のみならず、本件においては、前示のとおり、評価通達によらないことが相当と認められるような特別の事情があるというのであるから、本件通達をそのまま適用しないからといって、それが評価通達に従った取扱いに対する国民の一般的信頼を裏切るものということもできない。原告のこの点に関する主張は失当である。

四  本件更正処分等の適法性について

1  以上の次第で、純資産価額方式により本件出資の価額を評価するに当たり、Aの資産の相続税評価額と負債の額との差額から法人税等相当額を控除しないことは相当というべきである。

右により計算すると、別表6及び9記載のとおり、本件出資の相続税評価額が、一株当たり二万三六九九円、本件被相続人所有に係るものの合計で九億四七四八万六〇二〇円となること、Bの出資の相続税評価額が、一株当たり二万四一二七円、本件被相続人所有に係るものの合計で四八万二五四〇円であることについては、原告は明らかにこれを争わないから、自白したものとみなし、これらと、前記第二の三記載のその余の争いのない金額を基にして本件相続に係る原告の相続税を計算すると、課税価格一二億三八二三万円、納付すべき税額四億八九五二万八三〇〇円となる。

本件更正処分に係る課税価格、納付すべき税額はこれと同額であるから、適法である。

2  原告は、本件相続に係る相続税の申告の際、課税価格及び納付すべき税額を過少に申告していたものであり、過少に申告したことについて通則法六五条四項に規定する正当な理由は認められない。

したがって、原告に対しては、通則法六五条により過少申告加算税が賦課されるところ、その税額は、同条一項、二項により、本件更正処分により原告が新たに納付すべきこととなった税額(ただし、通則法一一八条三項の規定により一万円未満の端数を切り捨てた後のもの)である一億九九六二万円に一〇〇分の一〇の割合を乗じて算出した金額一九九六万二〇〇〇円及び同条二項の規定により、原告が本件更正処分により新たに納付すべきこととなった税額のうち原告の期限内申告税額四〇六〇万四九〇〇を超える部分に相当する金額(ただし、通則法一一八条三項の規定により一万円未満の端数を切り捨てた後のもの)である一億五九〇二万円に一〇〇分の五の割合を乗じて算出した金額七九五万一〇〇〇円とを合計した二七九一万三〇〇〇円となる。

本件変更決定処分における過少申告加算税額は右金額と同額であるから、本件変更決定処分は適法である。

五  結論

以上の次第で、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民訴法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官青栁馨 裁判官増田稔 裁判官篠田賢治)

別表1〜9 <省略>

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